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所長のぼやき

 アメリカのトランプ大統領はメキシコとの国境に「壁」を作ろうとしています。  中南米からの不法移民の越境がアメリカの労働者に不利益を与えていること、また密輸や犯罪の抑止がその理由のようです。
しかし、多くの人は「壁を作ることが最善の策ではない」と考えているようです。
要はトランプ大統領が政局に利用しているということなのでしょうが、なぜこんなことをしなければならないのでしょうか?
「国境の壁」というと、ベルリンの壁を彷彿してしまいます。
長きにわたるベルリンの壁は、不幸な歴史としてきざまれ、壁の解放は事由の象徴として記憶に残ります。
それなのになぜ今、壁を作らなければならないのでしょうか?

メキシコ国境の壁建設費を含む予算案は、米国議会の下院でも上院でも否決されました。
共和党内でも造反者が多く出た結果の否決だったようです。
一方トランプ大統領は、否決されても一向に引く気配は見せず、議会の決議に対して拒否権の発動まで考えているようです。
予算が議会の承認を得られない状況にあることから政府機関が停止し、国民生活に支障がでてきている状況で、「もういい加減にしてくれ!」というのが米国民の本音でしょう。

トランプ大統領は、かつての大統領選で壁建設を公約としていたこともあるのでしょうが、その考え方の根底にあるのは、やはり「白人至上主義」なのでしょう。

白人至上主義といえば、先日ニュージーランドでテロが発生しました。
銃乱射で50人もの命が失われてしまいました。
このテロは、白人至上主義を唱え、移民を敵視する人間が起こした犯行ということです。
ニュージーランドというと日本人も観光で多く訪れる平和な国というイメージが強いのですが、恐ろしい事件が発生したものです。

民族の違い、宗教の違い、文化の違い、いろいろな理由はあるのでしょうが、「他を受け入れる」という気持ちがなければ人間関係も国家間の関係もうまく行かないのだと思います。
他人のことを憚る気持ちは人間関係の潤滑剤です。  それは忖度(そんたく)のようなものではなく、相手を推し量った上で自分の考えを形成し、決して自分の考えを曲げるのではないけれども他人の考えも受け入れるというものなのだと思います。

世界中の人がそのような気持ちになってくれれば争い事など無くなるのだろうに。
そんな気持ちでいっぱいです。

そんなの無理!と言われるかもしれません。
しかし、県境や州境でもめることなんて、ほとんど無いですよね。
日本は陸地での国境が無いから理解できないのかもしれませんが、国境が県境や州境のようになってもらいたいものです。

そういえばヨーロッパではEUがそれを実現しているのですよね。
もっともイギリスの離脱問題でもめにもめている訳ですが・・・。
そして離脱問題で迷走している理由も、イギリスと北アイルランドの国境問題が大きく関わっているのでしたね。

なんか世界中が利己的になり、世界秩序が大きく変わってきているような気がして、大変不安になります。

世界のまとめ役であったはずのアメリカが自国第一主義を掲げ、それを掲げたトランプ氏にべったりの日本。これもまた不安です。

平和な国ニュージーランドのような事件が、平和な国日本で起こらないことを切に願います。

最近、iPhoneを使っていてうっかりホームボタンを長く押してしまうと「ご用件は何でしょう」という画面が出てきてしまいます。
最初は「なんだこれ?」と思っていたのですが、実はこれ、Siriという画期的な機能なのですね。
要は言葉を聞き取り、それに対応してくれるという機能ですが、皆さん使っていますか?

Shriに「あなたは何?」と聞いてみると「あなたのつつましいバーチャルアシスタントです。」ですって!
そう、バーチャルアシスタントとして、言葉(音声)を認識してiPhoneを操作してくれるのですね。
最初はどのように使うのかとまどっていましたが、しかし、使ってみると本当に賢いのでびっくりしてしまいます。
メモを取りたいと思ったとき、「メモを取る」と言うと、その後言ったことを自動的に「メモ」に保存してくれます。
「お腹がすいた」と言うと、近くにあるレストランを表示してくれます。 更に「どうやって行くの?」と聞くと地図を開いて案内してくれます。

本当にテクノロジーの進歩って凄いなと思います。

これが更に発展したのがAIスピーカーですね。AI(人工知能)スピーカーは、話しかけると質問に答えたり、音楽をかけてくれる対話型のスピーカーです。
米国では2500万人以上の利用者がいると言われていますが、日本では日本語対応が遅かったこともあり、まだ始まったばかりです。しかしこれから急激に利用者が増加するのではないでしょうか。

先日ニュース番組でAIスピーカーを取り上げていました。
一人暮らしの人が、家に帰るとまずAIスピーカーに「ただいま」と話しかけるのです。そうするとAIスピーカーは「お帰りなさい」と答えてくれます。「ただいま」のトーンによって答えがいろいろ変わってきます。まるで家族が対応しているみたいに。
スピーカーに向かって「ラジオ体操」と言うと、スピーカーからラジオ体操の音楽が流れ、老人がそれに合わせてラジオ体操を始めるのです。
なぜか生活にすっかりはまり込んでいるという感じになっていました。

鎌倉市では高齢者にAIスピーカーを無償貸し出しして、孤独の解消や認知症予防などに役立たせるための実証実験を始めたそうです。

今やAIスピーカーが一人暮らしの人や老人の心の支えになっているといっても過言ではないのかもしれません。
そしてAIスピーカーは人工知能を駆使して成長してくるのです。使えば使うほど、的確な話し相手になってくれるのです。まるで友達との関係性が深まるように。

話し相手が機械なんてちょっと寂しいようなきもしますが、これからの高齢化社会に向けてこのようなテクノロジーが光明となるのかもしれませんね。

今年も残すところ後わずかとなりました。
今年はフルに1年間がある年としては平成最後になります。
あと4ヶ月余りで「平成」が終わってしまうかと思うと、時代の区切りを感じ、ちょっと感傷的にもなります。
今日はちょっと「平成」を振り返ってみたいと思います。

昭和天皇が崩御し、年号の発表に際し、当時の小渕官房長官が『平成』とかかれた書を掲げたのがついこの間だと感じるのですが、あれからもう30も経つのですね。
本当に時が経つのが早いと感じます。
仕事の上で初めて平成生まれの人と接したときは、「えっ!平成生まれ?」なんて聞き返してしまったのですが、もう平成生まれが中堅社員、高齢化といわれる中でも平成生まれが4人に1人いるそうです。

さて、平成元年ってどんな年だったのでしたっけ?
それから30年、世界はどう変わってきたのでしょうか。
30年を振り返ってみましょう。

平成元年というと、私が父の事務所に入社してまだ何年も経っていない頃、バブル絶頂の頃です。

この頃は、土地の価格が大幅に上がり続け、相続税評価の基準となる「路線価額」が毎年何割も上がるような時代でした。したがって相続税対策が必要とされ、税理士事務所は相続対策に追いまくられました。私も相続対策の提案書を作成するため夜中まで作業していたことを思い出します。
平成3年には「ジュリアナ東京」がオープンし、若者達も派手な格好で踊りまくっていた時代です。本当におかしな時代でした。

しかし徐々にバブルが弾け出し、平成9年に起きた山一証券、北海道拓殖銀行の経営破綻は衝撃的でした。そのほかにも一流といわれる企業の経営破綻が相次いで表面化し、失われた10年とも20年ともいわれる日本経済暗黒の時代に突入したのです。
長きにわたる低迷の時代が続き、企業は疲弊し、特に中小企業は倒産が相次ぐ状況が続きました。

それでも最近は企業業績が回復してきており、大企業では史上最高益を記録するようなところもでてきています。
しかし、一向に実感が沸いてこないのも事実です。

これにはいろいろな要因があるかとは思いますが、その一つは企業の利益構造が変わってきていることがあると思います。

高度成長の時代は大企業やらないような隙間を中小企業が担い、また、大企業はいろいろな無駄を排出し、そこで中小企業が成長していたのです。それでも市場が拡大し、企業収益が確保できていたわけです。

しかしバブル崩壊後は違います。

大企業も収益を上げることに必死で、無駄な経費を削減し、儲かると思えば今まで手を出さなかったような小さな市場にも手を出してきています。
今まで中小企業が糧にしていた市場や利益の源泉にです。

だから、景気が良くなったといっても実感が沸かず、消費にもつながらないのだと思います。

いよいよ平成30年ももう後わずかで終わろうとしています。
そして平成の時代もあと4ヶ月です。

平成の30年間、コンピュータテクノロジーやの発展は、眼を見張るものがありました。それによって数多くの仕組みが変わりました。
この間、世界の勢力図の関係も大きく変わりました。
そして自然環境も大きく変わりつつあります。

この次の年号が何になるかは分かりませんが、これから先日本がもっともっと良い、住みやすい国になって欲しいと、切に願います。

今年も一年間ご購読いただきありがとうございました。

それでは皆様、よいお年をお迎え下さい。

先日、外国人材の受け入れを拡大するための出入国管理法の改正案が衆議院で審議入りされました。
安倍首相は、今国会での成立を目指す考えを示していますが、野党は猛反発しており、どうなることやら。
外国人材の受け入れ拡大は多くの問題をはらんでいますが、しかし無闇に先延ばしするのではなく、早急に方向性を定めてもらいたいと思うのですが・・・。

私は「管理会計研究会」という中小企業経営者及び経営幹部を対象とした経営の勉強会を主宰しておりますが、その勉強会で、企業経営を行って行く上でまず最初に考えるべきこととして“経営を取り巻く環境の変化を知ること”を取り上げています。

経営を取り巻く環境の変化の一つとして“経済規模”が上げられます。
現在の我が国の人口は1億2700万人程度、2008年の1億2808万人をピークに減り続けています。
この10年間それほど大きな減少ではないので、まだまだ実感が ないとは思いますが・・・。

しかし、これから急激に減少し続け、内閣府の予想ではこれから30年後には1億人を割るとしています。
総人口が1億人を超えたのは50年程前でしたから、30年後に50年前の状況に戻るのです。

これを15才から64才までの「生産年齢人口」で見るともっと顕著です。
総人口が1億人を超えた50年前の生産年齢人口は67百万人と言われていますが、それと同等になるのは2030年と言われています。
この先10年で50年前に戻るのですよ!

高齢化が大幅に進む中、労働力が激減することが明らかなのです。

この人口の推移をグラフ化し、GDPの推移と合わせて見ると以下のようになります。

我が国は世界に類を見ない高度経済成長を実現し、GDP(国内総生産)は右肩上がりで上昇しました(棒グラフ)が、その裏には大幅な人口増加(曲線青色部分)がありました。
人口が増え、一生懸命働き続けた結果として高度成長があったのです。
その後経済が低迷する中、人口も頭打ちとなり、前述したとおり、これからは急激に人口が減る(曲線ピンク色部分)のです。

もちろん人口の減少カーブと同様にGDPが落ち続けるのではないと思いますが、少なくとも楽観していられる状況でないのは確かです。

企業経営においての人口の減少は、「市場の縮小」と「人手不足」の二面で考える必要があるでしょう。

「市場の縮小」に対しては、大きくは“海外市場への進出”と“インバウンドの獲得”という対応があります。といっても中小企業では海外市場への進出はまだまだ敷居が高いので、インバウンドに期待するところが大きいと思います。
最近は、中国人の爆買や、東南アジアなどからの旅行者が、景気を下支えしている感がありますよね。

一方の「人手不足」に対しては、“機械化による生産性向上”“海外生産へのシフト”等もありますが、やはり“外国人労働者の活用”が現実的だと思います。
また、日本のように社会が成熟してくると当然のこととして、“つらい仕事”“汚い仕事”を嫌う傾向が現れ、それらの人材を必要とする業種にとっては、人口の減少以上に人材が不足することになります。
そのような業種にとって外国人労働者は救世主なのです。

しかし、現在の「入管難民法」では、在留を高度専門職や経営・管理者などの者にしか認めておらず、単純労働者は原則として働けないのです。
例外として日本で技能を習得し自国に持ち帰り活用することを趣旨とした「技能実習制度」がありますが、滞在可能期間があまり長くなく、採用する側からすると「やっと仕事を覚えた頃には自国に帰らされてしまう」との声も多く聞きます。

また、留学生はアルバイトすることが認められていますが、週28時間の上限があり、やはり安定した労働力とはいえないでしょう。

いずれにしても、外国人材の受け入れは必要不可欠の問題としてとらえなくてはならないのだと思います。

確かに外国人を大勢受け入れるとすれば多くの問題が発生することでしょう。
治安の問題、生活文化の違いからくる様々な問題。  だからといって、“受け入れ拡大を行わない”選択や“先送り”する選択は出来ないのです。

“受け入れ拡大”を前提として、それから派生するだろう様々な課題をどのように解決するかを積極的に議論してもらいたいものです。

日本はかつて鎖国をしていたからか、非常に閉鎖的な文化を持っているのだと思います。
その文化を否定するべきではないとは思いますが、その文化の一部が世界から見て“普通でない”ということは知るべきで、それを前提に、自分たちの文化を押しつけるのではなく、外国人労働者の文化も尊重し、結果として共存できる文化を創造してゆくことが必要なのではないでしょうか。
日本に来ているのだから、日本の基本的ルールは守ってもらいましょう。
しかし、彼らの文化、慣習の良いところも知り、それを共有してゆきたいものです。

外国人労働者というと、かつては“安い人件費”としてとらえることが多かったようですが、彼らは必要かつ重要な“人材”であり、また消費者市場が減少する中、重要な“消費者”でもあるのです。
人によっては日本人より一生懸命に誠実に働いてくれる人も多いと聞きます。
日本人と同様の、働きに応じた待遇をし、「日本で働いて良かった」と感じてもらいたいものです。
そしてそれが実現できるような法体制を早急に整えてもらいたいものです。

この緊急かつ重要な問題を政局の材料にするのではなく、本当に日本の将来を考え、日本の発展のためにどうすべきかどうかを、政治家は考えてもらいたいものです。

これからの日本の成長は、外国人材の受け入れにかかっているのかもしれないと思う、今日この頃です。

 

プロ野球 クライマックスシリーズ、はじまりましたね。

野球好きの人にはたまらない時期になってきました。

ペナントレースが終わり、クライマックスシリーズでリーグ代表が決まると、いよいよシーズン優勝をかける日本シリーズです。
今年はどのチームが日本一の栄冠を手にするのでしょうか?

ペナントレースでは、セ・リーグは広島、パ・リーグは西武がいずれも大差をもってリーグ優勝を決めました。
そしてクライマックスシリーズでは、巨人の菅野投手がヤクルト相手にノーヒットノーランを達成し、大いに盛り上がっています。

しかし、昔に比べて野球の人気が本当になくなってきているのが、とても寂しく思います。

私が子供の頃(もう50年以上も前になりますが)は、夏の夜にテレビで野球を見るのが当たり前。翌朝の話題は昨日の野球のことばかりでした。

小学校の頃は、休み時間になると短い時間の中、校庭に出たり屋上に行ったりして、ゴムボールを素手で打つ野球に勤しんでいました。
別に私が野球少年だったわけではなく、みんなが野球好きだったのです。
当時は、王、長嶋が子供たちのヒーローでした。
将来何になりたい?と聞かれると「野球選手」と答える子供も多かった時代です。  今と格段の差を感じます。

しかし今は、ペナントレースでは滅多にテレビ中継もありません。
なぜこんなに野球人気が落ちてきてしまったのでしょうか?

・ Jリーグができてサッカー人気が台頭してきたこと
・ 王、長嶋のような超スーパースターがいなくなってしまったこと
・ テレビでの放映が少なくなってしまったこと。  などなど、いろいろあると思いますが、私は試合時間が長くなりすぎていることが人気低下に繋がっているのではないかと思います。

プロ野球の試合時間は3時間を超えるのが当たり前。他のスポーツに比べて圧倒的に長いと思います。  先日のウインブルドンテニスでは6時間を超える死闘が繰り広げられましたが、これは例外。サッカーやラグビー、バスケなどなど、多くはもっとスピーディです。

高校野球の試合時間は2時間くらいですが、昔はプロ野球でも午後7時に試合が始まり、9時頃に終わるのが普通でした。  テレビの放映は8時からの1時間。8時にテレビが始まると大体4回の裏。8時半の男と言われた宮田投手が救援で登板するのが八回。そして放映時間が終わる8時50分頃に試合が終わるのです。たまに試合が長引くと「スポンサーのご協力により」などと言って放映時間が延長されることもありましたが、大体9時前に試合が終わっていました。  ダラダラ長いのではなく、スピーディに内容の濃い試合が繰り広げられていました。

なぜこんなに試合時間が長くなったのかというと、カメラの性能が良くなったから、キャッチャーのサインが見えてしまい、それを読まれないようにサインを複雑にするのでサイン交換に時間がかかるからだそうです。  観客無視も甚だしい。  確かに昔はテレビのアングルはキャッチャーの後ろからでしたが、今は外野から超望遠レンズでキャッチャーのサインが丸見えです。

しかしこれをリアルタイムで試合に活用するのは、明らかに確信的な行為であり、スポーツマンシップにかける行為だと思います。  野球場に観戦に行って、その後居酒屋でその余韻を楽しむ。そのような時間がとれる。そんなスタイルが、私は望ましいと思います。

ところで話は違いますが、クライマックスシリーズっていかがなものでしょう?

1年間のペナントレースを勝ち抜いてきたチームでなく、ペナントレースが終わった後、仕切り直しで日本一を争うチームが選ばれる。  それではそれまでの一年間ってなんだったのかと思うのですが。  もっと多くのチームがあるのであれば良いかもしれませんが、たった12チームしかなく、その半分が日本一の栄冠を争う権利を持つ。

これは興行側としてはいいのでしょうが、これも野球の魅力を下げてしまう要因のように思います。

皆様は如何お思いでしょうか?

(2018/10/20)

プラスチックごみ、困った問題ですね。

先日、コーヒーチェーンのスターバックスがプラスチック製の使い捨てストロー使用を2020年までに世界中の店舗で全廃すると発表しました。

これに先立ち欧州連合(EU)は、海洋生物保護のため使い捨てプラスチック製品の使用を禁止する法案を提出しています。

今や、身の回りに使い捨てプラスチックは溢れかえり、それが日常生活の中で当たり前となっていますが・・・。

 

環境問題は、地球温暖化の原因となる二酸化炭素の排出量について多く言われていますが、微細なプラスチックごみによる環境汚染も大きな問題となっています。

世界に2万8000カ所あるスターバックス店舗では、推計10億本のプラスチック製ストローが毎年使用されているそうです。

このプラスチックごみが海に流れ、微細なかけらになって浮遊し、多くの魚がそれを食べ、人間の食卓にも影響している可能性があるのです。

プラスチックは長期間分解されずに残り、化学物質であることから生物に取り込まれることにより多大な影響を及ぼすことが考えられるのです。

しかし、今や日常生活にプラスチックはなくてはならないような存在になっています。

先のストローだけでなく、スーパーのレジ袋、食品トレー等々、これらがない生活が考えられないくらいです。

先日、「未来世紀ジパング」というテレビ番組で、プラスチックごみの問題を取り上げていました。非常に興味深い内容でしたので、以下その内容を書きます。

インドでは使い捨てプラスチックを廃止し、大混乱が起こったそうです。

インドでは、ごみの回収インフラが整っていない地域もあり、生活ごみを川に捨て、川がゴミでせき止められているような場所もあるようです。

その地域の人は、「川はゴミ捨て場なんだ」「ゴミは川から海に流れるんだ どの国も一緒だろ」等と言っています。

そこでインドでは2022年までに使い捨てプラスチックを全廃する方針を決め、大都市ムンバイがあるマハラシュトラ州では今年6月より前倒しでレジ袋の使用禁止を始めたのです。

インドでも、レジ袋に商品を入れて売っていたので、レジ袋が使えなくなるととても不便です。

これにより売上が3割減少した店もあるようです。

当然にそれを無視してレジ袋を使い続ける店もあります。

それに対して“プラスチックGメン”が取り締まり、レジ袋を使っていたり、店舗にレジ袋がおいてあるだけで容赦なく罰金が課せられ、それを繰り返すと禁固刑もあるそうです。

観光客がレジ袋を持ち歩くだけでも罰金だそうです。

一方、これをビジネスチャンスととらえる人もおり、プラスチックに代わる新たな素材の開発も進んでいるようで、トウモロコシやサトウキビなど自然素材で代替するものも出てきているようです。

但し、機能と価格の問題が大きく立ちはだかっているようですが・・・。

これらの画期的素材を開発すると、大きなビジネスチャンスになることは間違いないでしょう。

ところで日本での状況はどうかというと、プラスチックごみの一人あたり発生量はアメリカに次いで世界2位というデータが出ています。

そして日本の海も多く汚染されているのです。

日本近海のマイクロプラスチック(直径5ミリ以下のプラスチックのゴミ)濃度は世界平均の27倍だそうです。

これが日本から出ているのか外国から出ているのかなど、原因はよく分かっていないようですが、日本人の健康に大きな影響があると言わざるを得ないでしょう。

今年6月にカナダで開かれたG7では、海洋プラスチック憲章(プラスチックごみを減らすための規制強化、プラ製品をリサイクル可能なものにする)がまとまったのですが、アメリカと日本だけが署名しなかったのです。

世界でも多くのプラスチックごみを出しており、近海がこんなに汚染されているのですから、むしろ世界に先立ってこの憲章を批准し、率先してプラスチックごみを出さないような対策に取り組む、これが我が国が示すべき方向だと思います。

トランプ大統領率いるアメリカに配慮したことなのかもしれませんが、情けないことだと思います。

会社の明るい未来を描くには!

「会社の将来の姿」描けていますか?

会社の将来の姿を想い描くことは、経営者にとってとても大事なことなのですが、「なかなか明るい未来を描けない」という方も多いのではないでしょうか。

先日行われた管理会計フォローアップ研究会で、会社の将来を予測する上で効果的と思われる方法が紹介されたので、今月はそれをお話ししたいと思います。

 

私が提唱している『目標経営』は、経営者が将来の会社の姿を明確に描き、それを達成するために“今何をするか”“これから何をするか”を具体化し、実行するというものですが、将来の姿をなかなか描けないという経営者の方も多くいるのが現実です。

“会社の将来の姿”、それはまさしく“経営者の想い”であり、それは明るい未来を示すものでなくてはなりません。
なぜならば、その“想い”は従業員と共有して達成するもので、それが明るくなくては誰も共有したくないからです。

しかし、昨今のような厳しい経営環境の中、“明るい未来”を描くことはそう簡単なことではありません。
どのようにしたら“明るい未来”を描くことができるのでしょうか?

先日行われた「管理会計フォローアップ研究会」では、講師に(株)日本経営支援センターの萩原正英氏をお招きし、「商品戦略~売れる商品・サービスとは~」というテーマで行われました。

その中で萩原氏は、会社の将来を考える上で、「まず10倍の売上を想定しなさい」と言います。
会社の将来を予測する上で、多くの人は「現状の何パーセント増し」のように考えることが多いそうです。過去の実績を踏まえて考えれば、それが精一杯なのかもしれません。
しかし、あえて「10倍の売上を想定しろ」と言うのです。
そして、それを実現するためのありとあらゆる方法を考えます。
その後、そこで出てきた方法のうち、出来ないものを排除していくというのです。

現状の何パーセント増しというやり方だと、多くても2~3割増しであることが多いのですが、この“10倍法”だと、なんか出来るような気がしてきて、結果として2~3倍になるのだそうです。

「将来を描きそれを達成するための方法を考える」。
この思考法だと“不可能”と思えることが“可能”になるのです。

私どもで行っている「管理会計研究会」では、将来の“ビジョン”を掲げることが経営にとってもっとも大事だと言い続けています。
過去の状況を見て将来を予測する“分析予測型”から、将来の目標を定め、それを達成するための行動を計画する“将来予測型”に経営の手法が変化しているのです。

かつての高度成長期のような右肩上がりの時代は「分析予測型」でよかったのですが、今は「将来予測型」でなくては経営できない時代になっているのです。

そのように経営環境が変わっているのです。

そして、将来のビジョンを考える上で、この10倍法はとても効果的な方法だと思います。
皆さんもぜひ実践してみてください。

 (山本哲郎)

【おまけ】
先日、富山での管理会計研究会(基礎編)全10回が終了しました。
受講者の感想をいただいておりますので、記載させていただきます。
皆様もよろしければ次回の管理会計研究会をご検討ください。

 弊社では、将来のビジョン、中期計画(5年)、会社方針にもとづき、各部門毎に、数値計画、行動計画をたて、今期も7月1日からこれまでの品質重点から、今期は収益を重点に活動を開始しました。
これを進めるに際し、財務会計からの視点も大切ですが、いざ、経営課題解決に向けては、管理会計からの視点、考え方が重要だと気付かさせて頂きました。
又、これにより、当社がまだ至っていないこと、自分が更に全然至っていないことにも気付き、自分にとっては、気付きの場、気付けれる会になりました。当研究会への感想は「勉強の会」ではあるものの「気付きの会」という印象も強いです。
又、当研究会を通し御参画経営者の皆様のお考えや経営課題をオープンな雰囲気でお話頂き、それを拝聴させて頂き、これを研究会参画者が共有し合い、一緒に考えれる貴重な会だったと  思います。  今後、管理会計の考え方、参画企業の経営者様からお話頂いたことも参考にし、決めたら決めた事を信じて、今後、実行していこうと思います。  これを背中から押して頂いた様な会になりました。
 (製造業 生産技術部部長)
感想は一言で言うと受講して良かったです。  今回幹部のみの受講を予定していましたが、一緒に参加して会社のビジョンを考えれた事また自社の財務会計のみの分析指標だけの判断や経営計画の具体化などとにかくいろいろ課題が明確になりました。
私はつなぐ立場として社内を巻き込んで活かしていく事が使命なので気づいた事を実践あるのみです。
しかし進め方がまだまだ問題があるので今後またフォロー研修などは参加していけたらと思います。
まずは社内での幹部塾で振り返りをしていきます。
 (電気工事業 取締役副社長)
管理会計という言葉を知っているだけだった私が、今回の研究会に参加させていただき、本当に良かったと思います。
経営者の思いや考えを明確にし、それを具体的な計画にして社員と共に進めていく。さらには、経過確認もやっていく。
そのために必要な手法が管理会計(経営のための会計)であるということがわかりました。
課題をしっかりと作り直して自社の計画づくりに活用させていきます。
  (メンテナンス・サービス業 代表取締役)
・体系的に管理会計の基礎を学ぶためのテキストがわかりやすい
・実例と共に説明してくださるので腑に落ちる
・自分達の足りないところに気づき、心改めるきっかけとなる
・右手にそろばんを、左手に夢をもってこそ現実化できるとわかる
・同僚とワークシートを作成することにより関係性が深まる
・基本を学んだら、自社仕様にして実践したくなる
・ぜひ研究会に参加したい
 (建設コンサル業 代表取締役)
当初、管理会計とお聞きし、私自身正直、苦手分野でした。
しかし、自社の数字をもとに、現状分析や今後のビジョンを考えていく中で、現実的な数字を当てはめて考えることにより、理解し易かったですし、その結果を踏まえ、今後幹部社員としてどうしていくべきかという使命を感じ、具体的にやらなければいけない事も明確になった気がします。
また、異業種の経営者や幹部社員の方々との意見交換も私にとって良い経験になりました。
今回学んだ事を今後どう活用・実践するかがポイントになります。
学んだ事から自社の経営資産を有効に活用し、会社の目的を達成していきます。
学ばせて頂きありがとうございました。
   (卸売業 取締役総務部長)
今回の管理会計を学ぶ事・触れる事によって客観的な視点が生まれた感じがいたしました。
どうしても現場サイドからの視点になってしまう中、経営者の意思決定・思い・構想など、 その立場には立つことができないにしても、気持ちや視点が少しは立つことが出来ました。
ビジョンと目標数値とのリンクがどうしても理解できずにいましたので、その糸口にもなり、また、根拠のある数値管理が絶対的に必要であることも学ばせていただきました。
学んだ事を勉強としてだけではなく、実践に結び付けて会社の取組み・見える化としていきます。
 (電気工事業 工事部部長)

ご感想をお寄せいただいた参加者の皆様、ご協力いただきありがとうございました。

史上初の米朝首脳会談に思う!

何度か開催が危ぶまれた米朝首脳の歴史的会談が、先日シンガポールで実現しました。

アメリカに最大の脅威を感じ、そのアメリカに対峙するためになりふり構わずミサイル発射実験や核開発を推し進めてきた金正恩朝鮮労働党委員長と、これまた自己の利益しか考えず、世界を呆れさせるような言動が目につく、アメリカ大統領らしからぬトランプ大統領の会談、ついこの間までお互いを罵り合っていた者同士の会談が実現するなんて、誰が予測したでしょう。

これに先立ち、北朝鮮に融和的な考えを持つ文在寅韓国大統領が南北会談に漕ぎ着けたことが大きかったのだと思いますが、このような常人でない二人だったからこそ実現した会談だったとも言えるでしょうね。

 

 

会談の結果は、必ずしも満足のいくようなものではなかったのかもしれませんが、朝鮮半島の非核化に向けての第一歩になったことは間違いないでしょう。
もっとも、一旦決まったことを反故にするという前歴を持った北朝鮮とアメリカですから、まだまだ分かりませんが・・・。

ところで今回のこの会談、日本にとってはどのような影響があるのでしょうか。

日本に最も近い位置にある国が、かつて日本が起こした戦争の煽りで2つに分断されたままになっている。
ロシア、北朝鮮、中国と共産国が並ぶ中、そこから派生するような位置に韓国があり日本がある。
そこはまさしく共産主義と自由主義の最前線です。  その中で特異な経済成長を遂げ、真っ先に先進国の仲間入りを遂げた我が国は、それら国々の平和的友好関係を作るための要になるべき立場にあったのではないでしょうか。

それなのに近隣国に対するリーダーシップを発揮できない、というか米国しか見ず、米国の言いなりにしか行動できない我が国の指導者達には、本当に辟易します。

最近の北朝鮮に対する対応に関しても、安倍総理は「日米は完全に一致している」と言い続け、トランプ大統領が「制裁」といえば安倍総理も「制裁」、「最大の圧力」といえば「圧力をかける」と言い、それを翻してトランプ大統領が「最大の圧力という言葉をもう使わない」といえば、今度は「それを支持する」という。
「日米の考えが一致」しているのではなく、「日本は常に米国の言いなり」になっているだけです。

自分の意志はないのでしょうか?
日本国の意志というものはないのでしょうか?

安倍総理はトランプ大統領に掛け合って、会談に拉致問題について持ち出すように頼み、トランプ大統領はこれを受け入れたとのことでしたが、結果としては共同宣言に拉致問題はなく、北朝鮮は依然「解決済み」と考えているようですし、その見返りとしてどのような約束があったのかは知りませんが、北朝鮮の非核化のための費用は日本と韓国が負担すべきだとトランプ大統領に言われる始末。
日本とアメリカは友好国であったはずですよね。
阿倍さんはトランプ氏のもっとも信頼すべき友人だったのですよね。
利用されただけとしか思えないのですが・・・。
この会談の陰で、日本の存在感がますます後退し、むしろ孤立化が進んでいるような気がします。
いかに外交べたな日本としても、あまりにも情け無く思います。

日本の敗戦により、日本が侵攻していた朝鮮半島のその後の覇権をめぐって朝鮮戦争が勃発しました。
その結果、朝鮮半島は2つの国に分断され、同じ民族なのに全く違う文化を強いられることになったわけです。
一方、戦後の復興に多大に苦慮していた日本は、朝鮮戦争特需の恩恵を受け立ち直り、その後の驚異的な高度成長を生み出しました。
朝鮮戦争によって日本は息を吹き返し、朝鮮半島はその犠牲になったのです。
それなのに、朝鮮戦争が集結しておらず、未だに停戦の状況であっただけだなんて、全然知りませんでした。
朝鮮戦争はとっくに終わっていたものだと思っていました。隣国のことなのに・・・。

その朝鮮戦争が今回の米朝会談によってもし終結するなら、本当に素晴らしいことだと思います。
北朝鮮の体制維持を保証するのであると、南北統一は難しいのかもしれませんが、米朝の国交正常化、朝鮮半島の非核化が多少なりとも進展すれば、平和体制の構築に計り知れない影響をもたらすものと思います。

今後の成り行きに期待したいと思います。

 (山本哲郎)

セクシャルハラスメント

先日、財務省の福田事務次官が女性記者に対しセクハラをしたということで辞任し、それに対して麻生財務大臣が「はめられた」とか「セクハラ罪という罪はない」などという発言をし、波紋呼んでいます。
ハリウッドでは大物プロデューサーであるハーベイ・ワインスタイン氏が多くの女優にセクハラをはたらいたということで、アカデミー賞を主催する米映画芸術科学アカデミーから除名の決定を受けました。

セクシャルハラスメントという言葉が言われるようになってから久しいのですが、最近このような問題が多発しています。

今月は、セクシャルハラスメントについて考えれみたいと思います。

 

 

そもそも、「ハラスメント」とは、嫌がらせや相手を不快にさせる行動のことであり、セクシャルハラスメントは性的嫌がらせということになります。

それでは、セクシャルハラスメントに対する法的な罰則規定はあるのでしょうか?

セクシュアルハラスメン卜そのものの明確な禁止規定はどの法令にもなく、「セクシュアルハラスメン卜罪」といったものはないのだそうです。
その意味では麻生財務大臣の言っていることは正しいのかもしれません。

それではセクシャルハラスメントを行なってもそれを裁く法律がないのかというと、それも違います。

セクシャルハラスメントはそれを行った本人と、その者を使用(雇用)している事業主に対し、法的に責任を問う裁判例も多くあるようです。

(1) 加害者本人の法的責任
セクシュアルハラスメン卜は、被害者の名誉やプライバシーなどを保護する「人格権」を侵害する行為であり、「不法行為に 基づく損害賠償責任」(民法第709条)を問われることがあります。
また、それが身体を触ったなどの場合には、「強制わいせつ」などの刑法上の責任を追及されることもあり、身体を触らない場合でも、「名誉毀損」「侮辱「脅迫」等の罪に問われる可能性もあるようです。

(2)加害者を使用している事業主(管理監督者)の法的責任
「男女雇用機会均等法」では、事業主に対し職場におけるセクシュアルハラスメン卜防止のための雇用管理上の配慮を義務づけています。 事業主が配慮義務を果たしていない場合には、厚生労働大臣による指導や勧告等の対象となります。
また民法上でも事業主は、従業員が職務遂行中に行った行為に対し、使用者として損害賠償責任を問われることがあり、さらに職場の人間関係のトラブルを解決または未然に防ぐことが求められており、裁判でも会社の責任 は広く認められる傾向にあるようです。

ところで、“相手を不快にさせる行為”とは何なのでしょうか?

相手が不快に感じるということは、「相手がどう思うのか」であり、「こちら(加害者)が何をしたか」ではないのです。

だいぶ以前にセクシャルハラスメントという言葉が言われ始めた頃のことですが、私の知り合いの弁護士が、セクハラに対して警告するためのビデオを作りました。
そのビデオでは、2人の男が1人の女性にまったく同じことをするというストーリーで構成されています。
一人は“イケメン”、もう一人は“うだつの上がらなそうなオジサン”です。

イケメンが女性にちょっとエッチなことを言います。その女性は楽しそうに話を返します。
それに対して同じことをオジサンが言うとセクハラになるのです。
イケメンが女性の今日の服装のセンスを褒めます。そうするとその女性は褒められてとても嬉しくなり、その男性に好意を感じるのに、それと全く同じことをオジサンが言うと、その女性はとても不快に感じ、セクハラになるのです。
この程度のこと?と思っても、相手が嫌だと思えばアウトです。
イケメンだと、お尻を触ってもセーフだったりするのに、オジサンだと・・・。

要するにこのビデオでは「これはしていい」「これはしてはいけない」ということが、画一的に言えるものではないということに警鐘をならしているのです。

同じことをしても、好感を持っている相手なら何の問題もなく、そうでない相手だとせセクハラになるのです。
そしてそれは、その行為を受けた人の気持ちにだけに依存するのであり、行為をした人の気持ちは関係ないのです。
だから「私はセクハラをしていない」などというのは通じないのです。
「この程度のことはセクハラではないだろう」というのも通用しないのです。

そもそもセクハラは性的な事象が対象であり、その事象自体は、好意を持っている人からはむしろ「して欲しい」と思うものであり、これがセクハラ問題を難しくする要因なのでしょうね。

だから“そのようになりうる状況を出来るだけ作り出さない”ように、私のようなオジサンは考えなければなりません。
君子危うきに近寄らずですね。

もう一つ気をつけなくてはならないのは、前述の使用者の責任です。
セクハラをした人を見て見ぬ振りをしてはいけないのです。
「そのくらい我慢しろよ」とか、「そんな気を起こさせるような格好をしているから」などと言ったらおしまいです。
しかし、使用者(上司)もセクハラだと思っていない場合もあるから厄介です(麻生大臣のように)。
そのようなことが起こらないように日頃から指導し、ルールを作るなどの措置をしておき、もしセクハラが起きたら被害者を保護し、加害者に適切な指導をすることが大事なのです。

ところで先の福田事務次官の問題。どこかおかしいと思いませんか。

もちろん福田氏の行ったことは問題であり、事務次官という立場の人としての資質が問われるものです。
しかし女性記者は、嫌だったら「取材(食事)に行かない」という選択肢があったはずです。
そんなスケベ親父、どこにでもいるじゃないですか。嫌なら近寄らなければいいのです。
マスコミは女性記者を雇用しているテレビ朝日の責任についてあまり語っていないようですが、むしろそこに行かせようとする、または行くことにより嫌な思いをしていることを知りながら何の手を打たないテレビ朝日にこそ責任があるのではないでしょうか。
訴えられるのは福田氏ではなく、“テレビ朝日”であるはずです。

いずれにしても“セクハラ”、いつ何時我が身に迫ってくるかわからない問題です。

気をつけたいものです。

(山本哲郎)

 

指示と忖度

最近また国会が荒れていますね。
森友学園、加計学園の決済文書や自衛隊イラク派遣の日報等、無かったはずの文書が次々と出て来たことがその発端となっています。
そもそも“無いはずのない”ものを「無い」としたことに無理があったのだと思いますが・・・。
今日はそのようなことに対して物申すのではなく、組織の中の意思伝達としての「指示」と「忖度」について考えてみたいと思います。

 

 

大辞泉(小学館)では、
指示 = さしずすること。命令。「―に従う」「―を与える」「部下に―する」
忖度 = 他人の心をおしはかること。「相手の真意を―する」
と書かれています。

まず、「指示」について考えてみましょう。
組織の中で目標を達成するためには、上層部が決めた方針に基づき、各部署の目標を定め、それを達成すべく各人が行動します。
そこでは、それぞれの階層ごとに各人の役割があり、各人がその役割を全うすることにより、目標が達成されるのです。

その時、上層部の人が末端の人達の役割まで具体的に指示するでしょうか?
少人数の組織ならばそれもあるのかもしれませんが、ある程度の規模であれば、そのようなことはないはずです。
トップが言ったことを中堅幹部が下の者にも分かるような言葉に置き換え、その下の者は更にその下の者にも分かるように言葉を置き換えて伝達するはずです。
そうでなければ上から下への指示は伝わりません。

私は講演などでよく言うのですが、トップと平社員では言語が違うのです。
トップの言葉は平社員には理解できないのです。だから、中堅幹部がそれを下の者にも通ずる言葉に通訳することが必要なのです。

例えば、社長が「火の用心」と言ったとしましょう。
中堅幹部またはその下のリーダーなどが社長が言ったと同じに「火の用心」と言っても、末端の者は何をして良いか分かりません。
社長は「火事になったら大変だから、それに備えて万全の準備をするように」という意味で「火の用心」と言ったのです。
この「火の用心」を社内に浸透させるために経営幹部は、例えば
「消化器の配置は十分か?」
「消化器の期限切れはないか?」
「避難訓練は十分に行っているか?」
「火事防止に対する意識を高めているか?」
などについて、的確な指示を出すことが必要です。

社長が一言言えば、末端の人たちが的確に行動する、これが良好な組織であり、それぞれの階層毎に指示の内容が変わってくることにより、円滑に指示が伝わるのです。

さて先の国会ですが、安倍首相は答弁などで「私はそのような指示はしていない」などと言っていますが、そんなのは当たり前です。
そのような具体的指示をトップがするはずはないのですから。
安倍首相がどのようなことを言った知りませんが、言われたことが結果につながるように指示をする、これがその下にいる人たちの役割であり、阿倍首相が直接具体的に指示したのでなくても、それは指示したのに等しいことになるのです。
省庁は素晴らしく良くできた組織ですから。

それに対して「忖度」は、その人は指示をしないのに、他の人がその人の心を推し量り、指示または行動することです。
日本では「以心伝心」が尊ばれ、言ってもいないのにそのようになることが美談のように扱われます。
しかし、ビジネスの世界では「以心伝心」をしてはいけないのが鉄則です。
確実に指示が伝わることが重要であり、曖昧な指示であったり、推し量ることにより誤って伝わることを避けなければならないからです。
「そのくらい言わなくても分かるだろう」と思うこともあるかもしれませんが、“言わなければ分からない”のが現実です。

しかし、部下が自分の保身を考えた場合等では、必要以上の“忖度”が起こることがあります。それは本人が考えている以上のことに発展することもあるはずです。
だから良好な組織としては、必要以上の“忖度”が起きないようにすることも必要なのです。
必要以上の忖度は望ましいことなどではなく、もしそれにより本人が思っているのと違った方向に行った場合には、それに対する責任をとらなくてはなりません。
忖度によって思わぬ方向に行くことの蓋然性を作った若しくは放置した責任です。

保身の固まりのような官僚組織に対して政府がその人事権を持っている状況では、忖度が起こりうる状況であると言わざるを得ません。
「首相夫人が名誉校長」であるとか、「首相の竹馬の友」であるとかの状況であれば、何も言わなくても配慮するのが当たり前です。
それがなかったという方が不自然だと思います。

権力を持った人の周りにはそれを利用する人が集まるのも世の常です。
だから、権力者はそのような状況にならないように最新の注意をすることが必要であり、また、周囲の者が本当にその権力者の友人であるのならば、敢えて関わらないようにする、それこそ忖度することが必要なのだと思います。

しかし、“もういい加減にしてくれ!”と言いたいですね。
国会は何のためにあるのでしょうか?  誰のためにあるのでしょうか?
早く正常な状態に戻り、必要な審議をしてもらいたいと思います。  

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